【オフィス入居者紹介】菓子舗間瀬 — 網代の地で和菓子を極める理由

話し手・入居者 : 代表取締役・間瀬 眞行

AJIRO MUSUBIの2階の教室に事務所を構えている株式会社間瀬。網代で1872年創業、150年以上の歴史をもつ老舗和菓子店です。網代の地に根を張り、地域の生活と観光の両面に応える形で菓子づくりを続けてきました。そして、物流・商業の拠点であった歴史を持ち、そして現代においても交通の要になっているこの網代の地で、次の歴史を紡いでいこうとしています。

──現在の事業について教えていただけますか?

現在は熱海市内で本店を含め4店舗を展開しています。本店は網代の中心街にあり、ガラス張りの入り口や美しく並べられた陳列で訪れる人を迎えています。商品は和菓子を中心に、季節商品や看板商品の「伊豆乃踊子」をはじめとした各種菓子を提供しています。また工場では餡を豆から自社で作るなど、原料から工程にこだわって商品をつくっています。

──代表的な商品「伊豆乃踊子」には、誕生秘話があると伺いました。

そうですね。「伊豆乃踊子」は当店の看板商品で、最も売れている商品です。開発は1966年のことで、当時は高度経済成長期にあり、1961年の伊豆急行線開通、1964年の東海道新幹線開通により観光需要が増えていました。観光客が伊豆に来た思い出を持ち帰れるお土産を作りたいと考え、「伊豆の踊子」をテーマにした商品を思いつきました。商品名を文学作品から取ることについて社内で様々意見もありましたが、幸いにも川端康成先生に直接お伺いし、承諾を得ることができました。1968年には川端先生がノーベル賞を受賞されたこともあり、映画化や受賞の追い風を受けて「伊豆乃踊子」は大ヒットしました。

──商品開発のスタイルや大切にしていることはありますか?

もともとは幅広いジャンルのお菓子をつくっていたんですが、その後、和菓子専門店へ転換したんです。その時の苦労の中で、毎月新商品を考案・テスト販売し、改善を重ねる文化が根付きました。現在でも「今月のお菓子」として定期的に新商品を出すなど、商品開発を継続的に行っています。

──この地に根付く和菓子専門店として、網代という土地の魅力をどのように見ていますか?

網代は住民同士のつながりが濃く、互助の精神が根付いています。路地裏に家が密集し、近所づきあいが盛んで、子どもたちが多く賑わっていた昔の風景が今も残る場所です。また、漁港があるため水産業として発展してきたというイメージがあるかもしれませんが、当然水産業もあるのですが、古くは商業のまちとして賑わっていました。江戸時代、「京、大坂に江戸、網代」と呼ばれ、網代漁港は大坂から江戸へ向けての航路に位置していたため、多くの物流船の風待ちの停泊地として利用されていました。停泊地として多くの物流船で賑わい、宿や食料品・日用品の販売などが盛んにおこなわれ、それに付随して働く人たちも集まり、多くの多様な人々が出入りする土地だったんです。

──その歴史的な魅力は、現在はどのようにつながっていますか?

実は今も交通の要衝としての側面を持っていると感じます。伊豆半島は平地が多く海岸線を自転車で走るのに最適な場所で、国道135号線で東京方面からサイクリングで伊豆に向かう方達が多いです。その方達にとって網代は伊豆の玄関口として最初の休憩地点となっていて、間瀬には週末100名近くものサイクリング愛好者が休憩場所として寄ってくださいます。住民同士の結びつきの強さと、商業・停泊地としての歴史、そして現代も交通の要所であるまち。これらが、網代の魅力であると思います。

──そうしたお客様への対応や可能性についてはどうお考えですか?

そのようなお客様向けのお土産を開発するのも面白いかもしれませんね。それだけではなく、135号線は伊豆を行き来する車やバイクも多いですし、電車での都内からのアクセスも良いので、網代を拠点に伊豆や東京、大阪方面にも出やすい。昔のような要衝としての機能を果たせる大いなる可能性がある土地だと思います。

──最後に、今後の方針や展望を具体的に教えていただけますか?

今後もこの地の強みや文化を大切に、熱海の魅力ある食材を活かした菓子づくりを深掘りしていきたいと考えています。日常のおやつや贈答品、茶会の茶菓子、仏事・慶事など様々な場面で選ばれる商品づくりを進めることが目標です。地域にある食材の特性をさらに引き出し、魅力的な商品を生み出していきたいです。

HP : https://www.mase-jp.com

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